大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)3160号 判決

原告

宮武綾

ほか二名

被告

林田賢二

主文

一  被告は、原告宮武信一郎及び同宮武和子に対し、それぞれ八三万四二八三円及び右各金員に対する平成五年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告宮武綾の請求及び同宮武信一郎及び同宮武和子のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告宮武綾に対し二三八三万七二八六円、同宮武信一郎及び同宮武和子に対しそれぞれ九四一万八一〇八円並びにこれらの各金員に対する平成五年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生及び結果

(一) 日時 平成五年五月一九日午前一〇時二〇分ころ

(二) 場所 東京都練馬区三原台一丁目三六番二号先路上

(三) 加害車 被告の運転する普通乗用車(被告保有)

(四) 被害者 訴外宮武正行(以下「正行」という。)

(五) 事故態様 被告は、前記道路を三原台二丁目方面から谷原五丁目方面に向けて後進しながら左折しようとしたところ、脚立を置いてその上で植木の枝刈り作業中であつた正行に気づかなかつたために、加害車の後部右側端を脚立に衝突させたため、正行は路上に転倒した(以下「本件事故」という。)。

(六) 事故の結果 正行は本件事故により頭蓋骨骨折の傷害を負つて入院し、そのまま入院治療を継続していたが(甲五)、その後、昏睡状態、免疫機能低下による肺炎による敗血症によつて同年八月二七日に死亡した(甲四の1、乙一の7、8)。

2  本件事故の責任

本件事故は、被告が前記道路を後進左折するに当たり、その方向の安全確認を怠つたことに起因するものである。

3  原告らの身分関係

原告宮武綾(以下「原告綾」という。)は正行の妻、同宮武信一郎(以下「原告信一郎」という。)、同宮武和子(以下「原告和子」という。)は正行の子である(甲一)。

4  原告らに対する既払金

被告は、原告らに対し、計三九六二万六七一〇円(内訳は、自賠責保険金三〇〇〇万円、任意保険金九六二万六七一〇円)を支払つた(右金員について、原告綾が一九八一万三三五六円、原告信一郎、同和子が各九九〇万六六七七円を受領した。)。

5  損害額

原告らの主張する損害額中、治療費及び看護料は計八七〇万九七七六円である。

二  争点

本件の争点は、原告らの損害額(治療費及び看護料を除く)の算定である。

1  原告の主張

(正行の損害)

(一) 入院雑費 一三万一三〇〇円

一日一三〇〇円の入院日数一〇一日分の金額である。

(二) 謝礼 五万七五九八円

医師(二万一二四一円)、看護婦(七二三三円)、付添人(二万九一二四円)に対して支払つたものである。

(三) 診断書代 六一八〇円

(四) 寝具代(ウオーターベツド) 九万三〇〇〇円

(五) 家族交通費 三〇万七三五〇円

(六) 入通院慰謝料 一七三万七九九九円

(七) 死亡慰謝料 一五〇〇万円

(八) 逸失利益 四二五五万七二七〇円

(1) 稼働による逸失利益 二五〇六万五四九五円

正行には労働の意思及び能力を有していた者であり、就労の蓋然性があつた。したがつて、就労による逸失利益は、平成四年男子旧・新大卒六五歳以上の平均賃金が七〇五万四九〇〇円、生活費控除率三〇パーセント、就労可能年数六年のライプニツツ係数五・〇七六五とすると、前記のとおりとなる。

七〇五万四九〇〇円×(一-〇・三)×五・〇七五六=二五〇六万五四九五円

(2) 老齢厚生年金の逸失利益 一六一九万〇四四二円

正行は年額三二五万八四〇〇円の老齢厚生年金を受給していたが、本件事故による死亡により受給権を喪失した。正行の余命を一二・一二年、ライプニツツ係数を八・八六三二、生活費控除率を三〇パーセントとすると、二〇二一万五八九五円となる。

そして、正行の死亡により、原告綾は遺族厚生年金(年額一九五万五八〇〇円)を受給することとなつたので、これを損益相殺的調整を行うと、差し引くべき金額は平成七年九月分までの既受領分四〇二万五四五三円であるから、残額は一六一九万〇四四二円となる。

(原告綾の固有の損害)

(九) 葬儀費 四〇〇万一〇七一円

(一〇) 慰謝料 六〇〇万円

(一一) 弁護士費用 一八〇万円

(原告信一郎及び同和子の固有の損害)

(一二) 慰謝料(各二五〇万円) 計五〇〇万円

弁護士費用(各六〇万円) 計一二〇万円

2  被告の認否、主張

(一) いずれも不知ないし争う。

(二) 正行は本件事故当時無職であるから、就労による逸失利益の請求は失当である。

(三) 老齢厚生年金に係る逸失利益の算定に当たつては、遺族厚生年金の受給確定額を控除すべきであるし、生活費控除率も三〇パーセントは低すぎるので相当な割合による控除を求める。

第三当裁判所の判断

一  損害額の算定

1  入院雑費 一三万一三〇〇円

甲四の1、五、乙一の7、8によれば、正行は、本件事故日である五月一九日から死亡した八月二七日までの一〇一日間、入院治療を受けていた状況であつたと認められるところ、入院雑費としては、一日一三〇〇円を相当と認めて、前記金額を認める。

2  謝礼 認めない

医師、看護婦及び付添人が正行に対して診療やそれに関する世話、介護等を行つたとしても、医師及び看護婦については診療報酬によつて、付添人については付添看護料によつて、いずれもその対価が支払われているのであるから、それらに加えてさらに前記医師らに対する謝礼等を支払うべき特段の具体的事情が認められない本件では、損害として認めることは相当でない。

3  診断書代 六一八〇円

甲四の1、2、五、一五により認める。

4  寝具代 認めない

寝具としてウオーターベツドを購入したことを認めるに足りる証拠がないのみならず、かかるベツドを購入することが医学的観点から必要であることを裏付ける具体的事実も明確でないから認められない。

5  家族交通費 三〇万五四九〇円

乙一の7、8から認められる正行の容態からすると、家族がほぼ毎日入院先に通つて同人を見舞つたり、身辺の世話をしたりすることは当然に認められるべきであるから、原告らの請求額中、弁護士を送るために費消された一八六〇円(甲一五の六月二日分)を除く交通費についてのみ、前記目的の通院交通費として相当と認める。

6  入院慰謝料 一五〇万円

正行の入院期間のほか、同人の病状の推移等を総合的に勘案して、前記金額をもつて相当と認める。

7  死亡慰謝料 一五〇〇万円

正行の家族構成や年齢、その他弁論に顕れた諸事情を総合的に勘案して、前記金額をもつて相当と認める。

8  逸失利益 一六九一万一〇九六円

(一) 稼働に係る逸失利益 認めない

稼働に係る逸失利益は、当該事故がなければ従前と同様に稼働することによつて得られるであろう収入があるにもかかわらず、当該事故によつて稼働することが一部又は全部困難となつたため、得べかりし前記収入を失つたことを理由に認められるものであるから、原則として、稼働していない無職者については稼働に係る逸失利益を認めることはできないというべきであり、ただし、その者が本件事故当時現実に就労していなかつたとしても、将来において具体的に就業の機会を得て稼働収入を得られたであろうにもかかわらず、当該事故によつてそれが実現しなかつたと認定することができる場合には、その稼働収入をもつて逸失利益を算定することは当然に許容されるべきである。

ところで、本件では、甲三、一二、乙四、五の1ないし3、原告綾、同信一郎の各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、正行は、昭和六一年一〇月二三日に住友建設株式会社を定年退職し、その後は就職して稼働することがなかつたこと、本件事故の前年である平成四年の正行の所得は少なくとも老齢厚生年金による収入三一七万一一六六円、不動産賃貸による収入一八六万九八〇七円、雑所得一六二万八三七四円、計六六六万九三七四円であつたこと、正行の自宅の住宅ローンは既に支払済みであつたことが認められ、以上の事実を総合すると、正行が現実に仕事を見つけて収入を得なければならない切迫した経済的事情も認められず、また、たとえ、仮に、正行がシルバー銀行や職業安定所等の職業斡旋のための施設に行つていたり、日常生活で家事に係わる作業を担当したりしていたことが認められるとしても、具体的に就労の機会を得られる高度の蓋然性を認めるに足りる証拠がなく、また、正行が家事の一部を担つていたとしても、それは、人が生きるために必要な生活行為であるから、これを稼働収入の得られる労働として評価するのは相当ではない以上、同人に稼働収入に係る逸失利益を認めることは、かえつて、衡平な観点からの適正な損害の回復を妨げることになり相当ではない。

(二) 老齢厚生年金の逸失利益 一六九一万一〇九六円

甲三二によれば、正行は生前年間三二五万八四〇〇円の老齢厚生年金を受給していたことが認められ、正行が本件事故時七一歳(大正一〇年一〇月二四日生。甲一)であることからすると、同人は、平成五年簡易生命表によると少なくとも一五年の余命があると認めるのが相当であるから、一五年のライプニツツ係数を一〇・三八〇とすると、右年金に係る逸失利益は以下のとおりとなる(遺族厚生年金については、原告綾のみが受給しているので、損益相殺的調整は同人についてのみ行うこととなる。)。

なお、生活費控除率については、正行が右年金以外にも相当程度の収入を得ていたが、原告綾、同信一郎各本人尋問の結果によれば、正行は、同居する原告綾のみならず、月収五万円程度で家計には一切金銭を入れていない原告和子(昭和二五年一月一日生で本件事故時四三歳。甲一)の生活を維持していかなければならず、また、会社員である原告信一郎(昭和二二年四月一〇日生で本件事故時四六歳。甲一)も家計に月八万円宛程度を入れているのみであり、原告信一郎の生活維持のためにも一定程度の出費を余儀なくされていたと推認されるところ、そのために右年金以外の収入もかなりの部分が費消されたと考えられるから、右年金に対する正行自身の生活のための依存の程度は相当程度高かつたものと認められ、以上の事情を勘案して、同人の生活費控除率は、少なくとも五〇パーセントを下回らないものとするのが相当である。

三二五万八四〇〇円×(一-〇・五)×一〇・三八〇=一六九一万一〇九六円

9  小計

以上を合計すると、正行の損害は治療費等も併せて四二五六万三八四二円となるから、原告らの相続分は、原告綾が二一二八万一九二一円、原告信一郎及び同和子が各一〇六四万〇九六〇円となる。

10  葬儀費用 一二〇万円

人は、およそ遅かれ早かれ死は避けられないのであるから、そのための経費である葬儀費の全額について本件事故による損害と認めることは相当ではなく、本件では、一二〇万円をもつて相当と認める。

11  慰謝料(原告綾固有分) 一〇〇万円

夫である正行を失つたことによる悲しみや将来への不安等その他弁論に顕れた諸事情を総合的に勘案して、前記金額をもつて相当と認める。

12  小計(原告綾)

前記相続分と固有の損害を加えると、合計二三四八万一九二一円(うち、正行の逸失利益分は八四五万五五四八円)となる。

13  慰謝料(原告信一郎、同和子固有分) 認めない

父親を失つた悲しみ等弁論に顕れた諸事情を斟酌することはできるが、既に正行本人及び母である原告綾について相当な慰謝料を認めている本件では、これとは別途右原告らに固有の慰謝料を認めることは相当ではない。

14  小計(原告信一郎及び同和子)

前記相続分のみが右原告らの損害であるから、各一〇六四万〇九六〇円となる。

15  損害に対する填補

(一) 前記争いのない事実によれば、原告らは、原告綾が一九八一万三三五六円、原告信一郎及び同和子が各九九〇万六六七七円の合計三九六二万六七一〇円を受領している。

(二) 原告綾は、正行が死亡により老齢厚生年金の受給資格を喪失したことによつて、遺族厚生年金を平成五年九月分から平成七年九月分まで受領し、同年一〇月から口頭弁論終結日の属する月の前月である一一月までの分についてはこれを受給することが確定的であるから、既受領分及び受領確定額の合計額である四三五万一三五三円(甲九、三三の1ないし5、弁論の全趣旨)は、原告綾の相続した前記損害額中逸失利益に填補されるべき金額となる。

16  原告綾の遺族厚生年金既受領分及び受給確定額を控除した損害額

原告綾の損害額は、前記12の二三四八万一九二一円(うち、正行の逸失利益分は八四五万五五四八円)であるから、四三五万一三五三円を差し引くと一九一三万〇五六八円となる(遺族厚生年金の既受領額及び受給確定額は、その性質から、正行の老齢厚生年金に係る逸失利益分に対する填補性のみを肯認すべきところ、後者が前者を上回つているので、前記遺族厚生年金分は全額控除することができる。)。

二  以上のとおり、原告綾の損害額は一九一三万〇五六八円、原告信一郎及び同和子の損害額は各一〇六四万〇九六〇円であるところ、被告からの既払金である三九六二万六七一〇円(原告綾の受領分一九八一万三三五六円、同信一郎及び同和子のそれが各九九〇万六六七七円)をそれぞれ控除すると、原告らの損害額のうち、原告綾の損害額は填補されたことになり、原告信一郎及び同和子の損害額は各七三万四二八三円となる。

そして、本件における相当な弁護士費用としては、原告信一郎及び同和子につき各一〇万円をもつて相当と認められるから、右両名の損害額は、各八三万四二八三円となる。

(裁判官 渡邉和義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例